5年前、ずっと一緒にくらしていた祖父が他界しました。
皆が大好きだった、良いおじいちゃんでした。
あまりに突然の死と、初めて家族を失ったショックで、本当に悲しかったです。
しかし、親戚一同、何十人も集まる葬式という儀式。
人が集まれば、どうしても悲しいことばかりではなく、おもしろいことも起こってしまうもの。
その珍事は私の弟の身に起こりました。
弟は大学に通っていたため、あわててひとり暮らし先から駆け付けました。
急いで用意した喪服に身を包み。
我が家では、葬式の前に自宅で御経をあげてもらうことになっていました。
その時のことです。
自宅なので、狭い和室に所せましと親族が座ります。
一番前でお坊さんが御経をあげていました。
私の隣が弟。
静まり返る部屋に御経が流れ、その間、一列目の者から前に出て、祖父の前でお焼香をしていきました。
私の次に弟がお焼香をした時、何か靴下の裏に書いてあることに気付きました。
「??」と思って良く見ると、なぜかゲジゲジ眉毛の犬の顔が白い靴下の裏に印刷されているのです。
ガーン。
それはそれはおもしろすぎる犬の絵で、気付いた他の親戚も、こっそり笑をこらえていました。
会場は静まり返っているので、必死で笑いをこらえたのですが、「ヒヒィ」と逆に変な声が出てしまいました。
まずいと思い、顔を両手で隠し、嗚咽しているふりをして、なんとかその場はしのぎました。
後で聞くと、弟より後ろに座っていた方々は、もはや御経どころではなく、足の裏にしか目が向かなかったそうです。
弟はといえば、急いでかけつけたため、良く見ていなかったとのこと。
かなり本人的にもショックだったようです。
死に伴う儀式の中でもおかしなことは起きるもの。
きっと祖父が、「そんなにしんみりしてばかりいないで、笑え。」とメッセージを送ってくれたのでしょうね。
長寿の時代となりました。
我が家の両親も80歳を越えて元気です。
近くに住んでいることもあり、マメに顔を出していますが、先日に「希望する葬式」と書かれたノートを渡されました。
テレビで終末医療への希望とか遺言とかの必要性を見たらしく、書きだしたようです。
それには、自分が死んだ時に連絡してほしい人たちへの名前と電話番号。
そして希望する葬式形態が書かれてました。
家族式の質素なものを希望するかと思いましたが、しっかり礼式を希望してました。
これは、友人知人の式に参列して、家族葬にすると、香典とかが集まらず、かえって式の費用がかかる、ということらしいです。
すでに式用のお金は用意してあるとのことで、そのお金が入金してある通帳番号まで書いてありました。
出す料理はおいしいものを出すこと。
遺影の写真もきれいにうつっているものが用意されていて、かなり気合いのはいったノートでした。
80歳をすぎた夫婦二人で、頭をつきあわせてこれを書いたかと思うと、死、ということに対処しているのですが、なぜかほほえましい感じがしました。
今、両親が健康だからこそ、こういうものを、こちらもくったくなく受け取れるのだな、と思うと両親の健康に感謝したい気分になりました。
さらに、80歳になった親に、人生の後始末の仕方を教えられた気がして、ありがたかったです。
小学生の時に大好きだったひいおばあちゃまが亡くなり、お葬式という物に初めて参列しました。
お通やから参加したのですが、その雰囲気がなんとも言えず、幼かった私にはとても悲しい印象を与えました。
そして当日。
母に行きたくないとだだをこねたのを覚えています。
最後のお別れをしに行かなくちゃと言われ、いやいやながら行き、更にその会場で年配の女性が階段から落ちるという事故まで起きてしまい、印象はますます私の中で悪くなってしまいました。
その女性はとくに異常はなかったのでよかったのですが、、、。
それから20年近く、お葬式には行ったことがありませんでした。
亡くなった人身近にいなかったということなのでとても幸せな事だと思います。
そして去年、大好きだった祖母が亡くなり、大人になって初めて参列しました。
幼かった頃に印象がとても強かったので、はじめは行くのに少々抵抗がありましたが、父と父の兄が身内のみでこじんまりと送り出したいということで葬儀の進行をすべて手配したのですが、会場の祖母の遺影のある部屋ではコブクロの音楽が流れ、陰な雰囲気は感じませんでした。
そして祖母とも最後のお別れの時まで、一緒にいることが出来、幸せでした。
私が大人になり、成長したということもありますが、これで幼少の時に体験した印象が変わりそうです。
私は2年前に父を病気で亡くしました。
当時はまだ19歳で、これから何をどうすればいいのか、何もわかりませんでした。
しかし、長女である以上しっかりしないといけないという妙な責任感だけが当時の私を支えていました。
結婚20年で生涯のパートナーを亡くした母。
気丈にふるまいながらも、目の前には不安という壁が立ちはだかっていたと思います。
そんな母と二人、父が静かに眠る横で葬儀業者とともに通夜と葬式について話し合いました。
あの1日はとても長かったです。
自らの親の葬式なんて、まだ先の話だと思っていました。
こんなに早く来たなんて、いまだに信じられない時があります。
しかし、私が若い段階でこのような経験をさせてくれた父には感謝しています。
通夜と葬儀には合わせて400名以上の方に参列いただきました。
それだけ偉大な父でした。
朝から晩まで仕事。
少しでも休みがあれば、家庭よりも地域の青年団などの後輩の育成に力を注いでいました。
父に遊んでもらった記憶はあまりなくても、そんな父の背中はとても誇らしかったです。
仮通夜を含めあの3日間は、ただただ大変だった、という思い出しかありません。
記憶も断片的です。
しかし、最後の父との記憶は鮮明です。
私は30代の長男嫁です。
体調が思わしくないと60代の義父が病院で検査を受けたところ末期の膵臓癌で余命宣告をうけました。
義父をはじめ家族も奈落の底に突き落とされたような悲しみが襲いましたが、奇跡が起こることを信じ闘病してまいりました。
私も奇跡が起こることは祈ってはおりましたが、現実をみつめ義父が亡くなった後のことも考え準備をしておかなければならないので、悲嘆にくれる義母と夫に代わり長男嫁として、お葬式に向けて葬儀会社の見積もりや段取りなど下調べをし選定し、義父の遺影や職場関係、交友関係の連絡先の準備などをしました。
私自身今までお葬式への参列はあるものの、喪主家として取り行うのは初めてで何もわからなかったので、葬儀会社からのアドバイス通りに準備しました。
そして数日後、残念ながら奇跡は起こらず力尽き天国へと旅立ちました。
放心状態の義母と夫に代わり準備していた通りに、葬儀会社に連絡し遺体を自宅へ搬送してもらいお通夜、告別式、火葬、納骨を済ませ、無事に義父を見送りました。
義母と夫からは義父の名誉に恥じない手ぬかりないお葬式をあげられたのも私のおかげと、大変感謝され私も長男嫁として立派にやり遂げることができてよかったです。
相続税は、親、配偶者、親族が死亡した事により財産を取得した場合や、遺言により財産を取得したことによって生じる税金です。
ですが相続が発生した人、全てにかかる訳ではありません。
単純に五千万以下は関係ない事は覚えていれば良いと思います。
ただそれ以外にもいろいろ基礎控除がありますので、六千万円でもかからない場合もあります。
相続税の課税最低額は、遺産からの基礎控除が五千万円と法定相続人一人につき一千万円を加えた合計額となります。
相続人が配偶者と子ども三人ですと、五千万円と相続人四人分の四千万円を加えた九千万円が課税最低額です。
生命保険や退職金も相続財産になります。
ただ、法定相続人の人数かけ5百万円は控除されます。
相続財産は、借金などのマイナス分と葬式費用を差し引いたものです。
あとは煩雑な手続きなので税理士に頼むのが一番だと思います。
とりあえずは、五千万円と相続人数かけ一千万分は関係ない事だけ頭にいれておけば、必要もないのに税理士を探す手間は省けます。
財産にかかるので家や土地が広大でたくさん相続税がかかっても、売らなければ税金を払うお金がない場合もあります。
払えないとなるとすぐ売却を思いつくかもしれませんが、賃貸住宅を建てたりといろいろ対策法はあります。
その時はまた改めて考えるのが一番です。
参考サイト: 遺産相続ガイド
http://www.zeim.info/